余部鉄橋の思い出 [鉄道]
余部鉄橋がついに掛け替えとなった。
ここは鉄道ファンにとっては、外せないポイントで小学校の時からいずれは訪れてみたい場所だった。しかし、関東地方に住む私にとって、お墓のある京都まで行く事はあっても、その先日本海側にでて、更に山陰線を下ると事は夢のまた夢だった。
それがやっと叶ったのが、中学3年生の時であったと思う。
当時は、宮脇俊三さんの著書をどれも貪る様に読み返して、図書館にあった時刻表を眺めながら夢想にふける、鉄道少年だった。
なんのきっかけであったのかは、全く覚えていないが鉄道自体にはあまり興味をもっていないと友人と鳥取から京都にかけて旅行してみようという事になった。
確か、その友人が砂丘と天橋立に行きたいな~、といったのがきっかけだったような気がする。
その時の写真がこれ。
目が悪かった上に、技術も未熟であったが父親が持っていたNikon FEで撮影した結果、ちょっと残念な写真となってしまっている。
これだってきちんと撮れていれば、なかなかいい絵だと思うのだが。
余部の集落はあまり大きくはなかった様な気がする。
その日は、余部のユースホステルにとまったな~、そういえば。
初めてユースホステル利用したのもこのときだったと思う。
一緒にいった彼は今頃何をしているのだろうか。
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